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竹清堂の歩みは、1907年、初代・喜助が甲州街道沿い、下高井戸宿近くの地に「田中商店」を構えたことから始まります。


当時の街道沿いには数多くの竹細工店が並び、人々の暮らしの中には常に竹の道具が息づいていました。竹籠やざるは日々の生活に欠かせない存在であり、暮らしに寄り添う品として広く親しまれていました。

時代の移ろいとともに生活様式も変化し、高度経済成長期には自然素材の道具が次第に工業製品へと置き換わっていきます。


そうした流れの中、二代目・清は、受け継がれてきた技術を活かしながら、新たな竹の表現を模索しました。

店先の屋根に飾られた六つ目編みの白鳥は多くの人々の目を惹き、その後も数々の竹による造形作品が生み出されていきました。現在も当時の写真には、時代を映す多様な作品の姿が残されています。

三代目・旭祥の代になると、竹細工はさらに繊細で高度な工芸表現へと発展していきます。
伝統の技法を礎としながら、素材の美しさや造形の可能性を追求し、日本伝統工芸展へ挑戦を続けてきました。三十代より出品を始めて以来、四十年以上にわたり入選・受賞を重ねています。

その長年にわたる功績が認められ、2008年には工芸分野において紫綬褒章を受章しました。

2022年春には、より豊かな制作環境を求め、工房兼ギャラリーを東京から山梨県北杜市長坂町へ移転しました。
現在はこの地で、三代目・旭祥とその妻、四代目・茂樹が竹籠制作に携わり、四代目の妻は野の花の教室を開いています。

百年を超える年月の中で、時代と向き合いながら歩みを重ねてきた竹清堂。
これからも受け継がれる技と感性を大切にしながら、新たな表現へ挑み続けてまいります。

初代 喜助

二代目 清
三代目 旭祥
四代目 茂樹

本サイトに掲載されている作品は、主に三代目・旭祥によって制作されたものです。

また、四代目・茂樹も、2025年 第65回東日本伝統工芸展にて初出品ながら奨励賞を受賞し、新たな世代として歩みを始めています。(四代目・茂樹の工房は→こちら

歴史 / History

@1980 - 2026 Tanaka Kyokusho

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